浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

誰かへ捧げる浪人総括〜第3章 C判定〜

遊ぶところに行きます。そうすると、学生料金を利用したい時は学生証を提示しなければいけません。「え、浪人生って無職じゃないの!?」と思う人はいるかもしれませんが、東進は学校法人ではありませんが、河合も駿台も学校扱いなので、学生の割引が使えます。東進の生徒は無職です。残念😅
扱い的には、駿台の学生は専門学生みたいな扱いなので、素直に「浪人生です」という人もいれば「専門学生です」という人も多いです。

普通の大学の学生証ってプラスチック状のカードじゃないですか、一方で駿台の学生証は紙でペラペラなので、高校生のもののようで、かなり怪しまれるんですよね。

普通のお店だと丁寧に応対されるんですが、雀荘とかいう接客がクソなお店では「めずらしい学生証ですね〜^」等と煽られることもしばしばあります。

この前上野の博物館に行きまして、高校生以下が無料、大学生が410円だか420円でした。映画館とかなら大・専料金なので1500円で入ろうと思いますが、格式高い上野の博物館は「大学生」としか書いていません。もちろん、使おうとおもえば大学生料金を使えたのでしょうが、なんかもうこっちも意地になって一般料金630円を支払いました。自分の学生証を見せるのを恥じたのか、あるいは浪人という立場に誇りを持っていてある種の心の抵抗をしたのかは僕にはわかりません。

一方で、浪人生の中にも小物の人間はいます。クポタくん(仮名)は、あさひなぐという映画を高校生料金で見たことを自慢してきました。これで一刻も早く入学取り消しになることを望むばかりですが、彼の言い分はというと「大学生じゃないから良くねww」とのことです。
僕は深く呆れました。しかし、僕は彼が精神に異常をきたしてしまったのだと気付いて、浪人とはかくもつらいものなのかとある種の哀れみの心を彼に対して持ち合わせるようになりました。

「貧しくとも 心はつねに 高貴であれ
一輪の花にも 季節 の心を知り
一片の雲にも 無辺の詩を抱き
一碗の米にも 労苦の恩を 感じよう」
(坂村真民)

浪人すれど、モラルハザードは起こすなかれ。心は常に高貴であれ。

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第3章 C判定

駿台の前期の授業というのは7月5日とかに終わっていて、後期の開始は9月1日とかそこらへんなので、二ヶ月近い夏休みを迎えるわけです。
夏休みは受験生の天王山!という僕が大嫌いなフレーズがありますが、僕は今年は3月から長い長い1年間の春休みを過ごしているので、特に変化はありません。休みだろうが駿台があろうが遊び散らかしていたので生活は特に変わりませんでした。

その期間は講習があるんですが、もちろん僕は1つも取りませんでした。1講座2万円の価値があるとは思えませんでした。聞くところによると1万円駿台、1万円講師にはいるようで、人気講師だと、4日間3時間ずつ教えるだけで160万円とか入ってくるようで、普段の授業ではそこまででもないらしいですが、講習で稼ぎまくります。
2万円あったら何が出来るか。浪人生如きがやりたいと望むことは旅行以外では2万円を超えないので、本当に大金としか思えませんでした。真面目に12時間勉強するから親は2万円僕にくれ。その方がコスパいいから。と思うんですけど、世の中はそんなことないようです。だから予備校に高いお金を払う。
生徒の中には僕とは違って、何がなんでも○○大に入りたい!と思う人がいます。それでも成績が足りなかったりして、甘い言葉に騙されて講習を取らされまくってしまう。おかしい商売だと思います。
僕は自分の受験計画に、それが合格のために2万円かけるほど必要であるとは思わなかったので、そんなこんなで講習はひとつも取りませんでした。自分が納得するなら、取りたい人は取ってもいいと思います。

他にはそうですね。夏は富士山に登りました。位置エネルギーが日本で一番高い浪人生だなぁとかほざいて喜んでました。まぁ精神的に子供なんでね。

後期になると、クラス替えです。前期の4回くらいのテストの成績で決まります。医学部は二次試験にも私立にも国語がないので、なんで国語を含めるのか謎ですが、英数国理の成績で決まります。
科目に理科が入ったので、僕はSAに上がりました。別にクラスが上がったからといって真面目に勉強してよく頑張ったな!ということでは一切ありません。

SAはなんか鉄とかの顔見知りとかが多かったです。あとだいたい東京周辺の人達は友達の友達ではあるので、接しやすかったです。もちろん駿台で知り合った友達もいますが、雀荘で初めて会った友達もいます。
8月のダレた状態で突入した後期は、当然やる気が出るわけがありません。9月は結局20日以上雀荘に行きました。別に僕はそこまで麻雀は好きではありませんが、とにかく安いんです、1時間100円ちょいで時間が溶かせますから。店の人にも顔を覚えられ、働かないかと声をかけられます。
9月はそうですね、駿台の高校同期で球技大会をしようと持ちかけたところ、参加者は僕とポチココロ(仮名)くんのまさかの2人でした。
ポチココロくんはもともと文系で東大の文3志望でしたが、親に出願先を文1に変えられて、文3なら合格できる点数を取るも不合格。なんか知らないけど浪人してからは理転しているという変な人です。
ポチココロくんはお金がないので、電車代をケチり、御茶ノ水から代々木公園まで歩いて、二人で球技大会をしました。浪人中の5番目ぐらいの思い出です。

さぁ9月に入ってすぐに帰ってくる夏の東大実戦と東大オープンは両方A判定だったので、あんだけ遊んでてもとれるのか、チョロいなぁ、別に今から勉強始めるほどでもないなぁと思ってしまいました。

時は少し進んで、僕は防衛医科大に出願していて、10月に受験をしました。目黒基地での受験だったので、サトウマサヤくんの家が近く、二日あるうちの1日目も2日目も遊びに行きました。

受けたあと、なんかハロウィンをやろうとのことでハロウィンをしました。
人とは関係ないけど僕は桜蔭の制服がすごい昔から好きで、首を吊る時は桜蔭の腰紐で首を吊ろうと考えていましたが、友達から借りられたので着ることにしました。なかなか楽しかったです。

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11月の初めは高校の文化祭があって、3日全部行きました。といっても二日目の午後と三日目の最初の方は河合の「第2回東大オープン」がありました。しかもその日は友達の家に泊まってました。関係ないけど小四喜和了しました。
その一週間後には駿台の第2回東大実戦がありました。

本質情報なんですが、これでも後期は前期よりは駿台の出席率が上がりました。授業にはあんまり出ませんでしたが、放課後には間に合うようになっていて、放課後15:00-21:00までの間にたまに自習するようになりました。
その理由もすごいしょうもなくて、後期のクラスに可愛い子がいたからです。ここでは名前はそうですね、カナムラさん(仮名)としておきましょう。

カナムラさんが無限にかわいかったので11月の13日だった気がします。焼肉に誘いました。なんで浪人生なのにそんな金を持っているの?という質問があるかもしれません。
結論から言うと、僕はそんなお金を持っていませんでした。その日だって、僕は電車賃をケチって市ヶ谷から池袋まで徒歩で移動しています。そんな経済状況においての話でした。

普通世の中の人は受験が近いということで断りますが、流石は浪人生、そういうところは若干ほかの人と比べて緩いようで了承してくれました。最高の人生。

11月はそうですね、その後和了すると運を使い果たして死ぬと言われている九連宝燈和了したり、駿台の高校同期とジャパンカップを見に府中競馬場に行きました。
そして11/28、防衛医科大の合格発表がありまして、なんか1次で不合格でした。ビックリしました。記述で数学とか全完してたし、やはり最初のマークの択一式で足切られていたんでしょう。

ここで僕は「A判定でも落ちる」という事実を知ってしまいました。怖い。

でも秋の東大実戦もそのうちに帰ってきて、普通に冊子に載るレベルにはとれてて、理2で50番ぐらいでした。夏の時も50番ぐらいでしたので、世の中の人が夏休みあんだけ目を真っ赤にしてやってたのに僕のこと抜かせてないじゃん!wとかいう気分でニヤニヤしていました。

そしてその一週間後ぐらいでしょうか。河合塾は発達にdifficultiesがあるのか、駿台より東大模試の日程が一週間早いのに、結果が出るのは遅いです。
河合塾の東大模試は駿台とは違ってA判定だと全員名前が掲載されます。

僕は当然されるもんだと思ってニヤニヤしながら、オードリー春日が東大受験するとのことで、「オードリー」という偽名を使って受験していました。

オードリーの名前が載ってることにワクワクして、送られてきた成績の郵便物を見ると

 

そこにはC判定という文字がありました。

(第4章 センター試験に続く)