浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

誰かへ捧げる浪人総括〜第1章 浪人に至るまで〜

世の中の若者は、「自分程に思い悩んでいる青年期を送る若者はいない」と思っているようですが、まさしく僕もその一員だったようです。

今年度一年間のまとめです。浪人が決まった後輩に対して書いてるのか、友達に向けて書いているのか、誰に向けて書いてるのかわかりませんが、いわゆる浪人総括です。
浪人生は基本的に自分の1年について語りたがらない、僕も浪人について書くことは特にない、どこに需要があるのかもわからない、でも僕は、自分の19歳の記録として書くことを望んで、結局は僕は僕自身のためにこの総括を書こうと思います。「こういう青年時代の1年もあるんだ」という感じで聞いてください!普通に読み物としては面白く書くように心がけるつもりなので、暇な時に読んでくれたら嬉しいです。

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第1章 浪人に至るまで
まず僕の浪人生活は挫折から始まります。基本的に僕は自分の人生について楽観視していて、それは今でもある程度は同じなんですけど、自分の人生はテキトーにやっても上手く行ってきた人間で、挫折というものをしたことがなく、自分の能力にどこか過信をしていて将来についてもどんな仕事をしても卒なくこなせると思っていました。そのため志望もテキトーでみんなが東大行くから東大受けようかなぁと思ったり、なんか医学部行く人も多いから医学部でも受けようかなぁと思ったりしていて、まぁどこに行っても上手くやれるだろうからいいや〜という感じで。
でも去年の夏に塾でガチ恋してしまって、その人が医学部志望だったので、前々から受けようかなと決まってた推薦を除いて、私立とかも一切行く気というものが無くなって、国立のそこだけ単願しました。男気の固まりですね。でもなんか落ちました。受験ってまぁそういうもんだよね。

・現役時代の受験やらかしリスト
①試験後第1ツイート「たぶん受かった」
②第2ツイート「合格最低点より100点は高い」
③前期試験2日目も筆記がある東大受験生に対して上から目線で応援
④2/28に鉄緑にいき、ドヤ顔で受かったアピール
無人島に旅行に行き萎えてる東大受けた友達を大学生ヅラしながら励ます
⑥千葉落ちたと言っている友達に「来年勉強見てあげるよw」的な励まし
⑦沖縄のスーパーで合格祝いの粗品をもって記念撮影
⑧2外何にしようかなぁとイキる
⑨千葉県の物件を探す

まず、この僕が、開成も筑駒も灘も受かったこの僕が、受験なんてほぼ落ちたことが無かったのに、なんで3000人も入れる実質ボーダーフリーの東大に、或いは1万人弱も入れる医学部の入試ごときに落ちたことがとにかく自分には驚きでした。なんとかなると思っていたので。たぶん上の3校受かった人は筑駒には学区制限があるので学年に多くて7人とかしかいないし(灘の県別の合格者数が出ていて東京がそんぐらいだから)、同校に通ってたそういう人たちは全員受かってたので、落ちたのは僕だけなんじゃないかなぁと。そこから6年間でよく堕落したなぁという感じ。
大学受験とは、落ちた賢い人間を見ると「え、こいつが落ちるとか超難関大学やん」と思いますが、そうでもないような奴が受かってるのを見ると「はぁ〜wクソザコナメクジ大学w」と思うようなもんなんです。

さて、といっても落ちたもんは落ちた。僕は「別に大してやったことなかったくせに後からグチグチ言う」みたいなの、要するに1年で5秒ぐらいしか練習してないのに甲子園に出場出来なくて号泣する高校球児みたいなのが大嫌いで、確かに僕は直前期とかもダラダラ昼に起きて武蔵野プレイスに卓球しに行って漫画読んでただけなので素直に受け入れました。
でも、一方で浪人決まった男であるところの僕、つまり、筑駒生ですらなくなったただの無職になる僕は、価値が無くなってしまったと周りに見なされるような僕は、ガチ恋した女の子からも唐突に、本当に唐突にフラれてしまいました。受験に落ちたのは自分の努力不足なので500回ぐらい落ちても受け入れられるんですけど、真摯に向き合っていた(と思い込んでいた)女の子にフラれるのは本当にどうしようもないので1回でド鬱になりました。
今から考えると、LINEの内容がパパ活してる中年男性にしか見えないので、反省しています。

僕は三月中ずっと萎えていましたが、それは全く受験が関係なかったのです。
周りの人間は受験に落ちたぐらいですんごい鬱になっていましたが、僕にはそれぐらいのことでなんでこの世の終わりかのように落ち込めるのかが理解できませんでした。結局は受け取り手の感性の違いで、僕みたいに考える人がいるかもしれませんが、逆に失恋とかクソどうでもよくて受験のほうが大事だと思う人もいるでしょう。どっちが上とかいう問題ではありません。

例えば、僕は中3から付き合っていた女の子と高2の秋で別れましたが、その遠因に僕が高尾山で粗相をしたというのもありますが、普通に「受験に集中したい」的なのが嫌いだったからです。受験生だからといって夏に海に行かない人間とかがすごい僕は嫌いなんです。その1日で変わるような成績ならもっと早くやっとけよっていう気持ち。

さて、そういう価値観の僕はフラれた後唐突に、誰のために働くのか、なんのために稼ぐのか、どうして勉強するのか…そしてついには何のために生きるのか。わからなくなりました。周りに対してイキりたいだけなのか、所詮は世間体なのか。

暇な人間、おそらく古代ギリシャの人間も同じだったのでしょう。時間に余裕がある人間は「あらゆるものに理由」を求めたくなってしまうのです。忙しい時には求めなかったのに。もちろん日常的なものであったり、形而上学的なものであったり。すぐに分かるものであったり、永遠に分からなそうなものであったり。

慌ただしく新生活が始まる大学生諸氏はそんなこと気にもとめないでしょうが、浪人ではそうというわけにもいきません。

1年という時間は考え事をするには長すぎる。決断を下すには経験も足りないし若すぎる。でも若すぎる間の自由な1年とはなんと素晴らしいものか!

そのモヤモヤとしたある種のフラストレーションを勉強に打ち込むという形で昇華する人もいれば、筋トレに打ち込む人もいます。

浪人に決まった浪人の道はありません。自分の人生なんだから好きに生きればいいんです。周りの人間はゴチャゴチャ行ってきますが、その友達と呼べないような友達や予備校の担任の言うことはなんでもかんでも聞く必要はありません、彼らは結局口だけ出すだけで、自分の生活を保障してくれるものではないのですから。かといって全て突っぱねろというのは違って、自分が聞こうと思ったものを自分で納得して聞くのがいいでしょう。という僕の話も、無理に聞く必要はありませんが。


さあさあ、時系列が若干前後してしまいましたが、別に僕は志望もなんも無かったので、テキトーに早慶でも進学しようと思いましたが


てか、俺滑り止め受けてなくね???


ということに気付いてしまいました。去年はほんとに好きな女の子の受けるところに単願していて、他に行く気は一切無かったので滑り止めをよく考えたら受けていませんでした。今から思う分には、別に全く同じ大学なんか行く必要ないとも思いますが、男子校で6年過ごしていた僕は、同じ学校に好きな子がいるという状況にどこか憧れてしまっていたのかもしれません。


かくして、僕の浪人ライフはドン底の気分ではじまりを迎えました。

(第2章、駿台編へ続く)