浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

「イキリ」とか「ウェイ」とか。便利な言葉を多用しすぎていませんか?

先日友達がこんなツイートをしていました。

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そういえばこの前、君早口だからイカ東っぽいみたいなこと言われたときに「話すのが遅いのは他人の時間を余計に使ってるってことじゃない?」って言ってみたら、「そういうところもイカ東だよね」って笑われて、一理あるけどそういうところで笑うのもまたテンプレ会話だなあと嘆かざるを得なかった

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ああこのツイートまで含めて「めっちゃ早口で言ってそう」だなフフフと思いました。でも、こういう反応というのは「めっちゃ早口で言ってそう」というテンプレフレーズが思い浮かんでくるから出てくる感想なんですよね。


さて、みなさんはオンラインゲームとか遊んでみたことありますか?

オンラインゲームは自由に発言を打ち込めるタイプもありますが、いくつもある「テンプレ」から発言内容を選択して発言する。という形式も一般的ですよね。
一々「ありがとうございました」とか打ち込むよりも、定型文一覧からボタン一つで発言出来る方が「楽」なんです。

そう、テンプレとはなによりも「楽」なんです。蓋し、自分たちの会話もテンプレにまみれていたなぁと。「魔剤?」「マ」という会話に情報量はほとんどありません。テンプレ会話は何も考えなくていいので便利です。

 

昔、こんなことを聞いたことがあります。現代社会は処理するべき情報量が多すぎるので、「キャラ付け」を通して情報量を減らさないと生活が難しいのだという主張です。

例えば、ある友達がいて、その人の趣味、性格を細かく分類して記憶するのは大変ですが、「ウェイ」だとか「オタク」だとかいう簡単なフレーズに頼ってみると、とても簡単に整理ができます。

偏見だって、これと同じパターンなんじゃないでしょうか。ある集団、たとえば日本人という集団がいて、そりゃ日本にもいろんな人が一億人以上いますから、人それぞれですけど、それをいちいち考慮するのははっきり言って不可能なので、ここで偏見という便利なツールを用いて日本人としてひとくくりにして最大公約数的な事柄を探してしまうことで、「YES NOをはっきりと言えない」等といった解析結果が得られます。

偏見とはいつも悪い面で見られがちですが、生きていく上でこれを避けることは難しいです。刑務所から出てきた集団を見て、そりゃ中には更生した人がいるかもしれませんが、生活上では「ヤバそうな人たちだな」と思っていた方が便利なんじゃないでしょうか。


しかし、偏見によって不適当な評価を受けた時、当然人は腹を立てます。開校記念日で学校が休みだから平日街で遊んでいた時に、警察官から「平日に遊んでいるなんて不良少年に違いない」という偏見を受けると、とても腹がたちます。(しかし、平日に遊んでいる子供達を怪しむのはほとんどの場合でアウトな場合なので、警察の仕事として彼らの行動もまた正しいのです。)

つまり、偏見によって便利になることもありますが、偏見によって不利益を受けることもあります。

 

世の中、全てが便利なものとはなかなか無いもんですね。