浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

浪人生の建設〜人間の論理と浪人生の情緒とは?〜

今日、「人間の建設」という本を読了しました。これは小説というよりかは、小林秀雄氏と岡潔氏の対談を収録したものであります。

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小林秀雄氏というのは、まぁ普通に日本に生きていれば成人するまでのどこかの機会で1度は聞いたことがあるでしょう有名な批評家です。

岡潔氏は、まぁ普通に生きていれば成人するまでのどこかの機会で1度は聞いたことがあるでしょうが、残念ながら僕は不勉強のため存じておりませんでした。有名な数学家らしいです。


文系のトップの頭脳と理系のトップの頭脳による、日本史上最も知的な雑談と言えるだろう。というのがこの本の煽り文句です。

内容についていまこの記事だけにまとめようというのは、残念ながらできません。なにかこの小説にテーマがあればできるんですけど、これは雑談です。話題は激しく転回していって200ページもないこの本で、話題のタイトルは18章にも及びます。

はてさて、どんな事をこの記事でまとめようかと思案しながら読んだ後書きといいますか解説が、なんとも非常に面白い。
解説者は「茂木健一郎」さんで、僕の中では彼はタダのエセ脳科学者だとか頭がおかしい人なイメージがありましたが、なんともいいことを書いていて見直しました。

その「「人間の建設」の解説書」の「要約」をさせて頂きたいと思います。
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数学は論理を緻密に組み立てて積み上げる学問で、どこかで誤りがあればその証明というものが無に帰してしまいます。
それに対して、文学というものは緻密に組み立ててもいいし、論理に穴があってもいい。穴があったらそれが作品として味わい深いものになることもあるからです。

このように異なる分野で異なる価値観を所持しているはずの彼らですが、本書では数学家の岡潔氏と批評家の小林秀雄氏の間に多くの通じ合うところがあります。これの原因はなんなのでしょうか?

その答えは、岡潔氏さんの言うところの「情緒」という言葉です。彼によると、感情抜きでは学問といえども、数学は存在しえないという。この「情緒」があらゆる物事の創造の出発点であり、それを表現する媒体が数学であれ文学であれ芸術であれ、形態は違えど創造のプロセスの本質においては同じことなのです。

生命の本質は不断なる生成、脳による創造性の出発点が「情緒」であるとすれば、現代の混迷の中で、私達は「情緒」を美しく耕すことを努力しなければならない。
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はえーなるほど。って感じですね。本書の雑談のテーマはコロコロと変わるので、各部の具体的な部分というよりかは、その源流である「情緒」というものに焦点を絞って彼はこの解説書を書いたのだと僕は理解しますし、そう評価しています。

じゃあその源流をある程度話した上で、分岐した後の話も少ししてみましょう。彼らの話題というものは「学問、芸術、酒、現代数学アインシュタイン、俳句、素読本居宣長ドストエフスキーゴッホ、非ユークリッド幾何学三角関数プラトン、理性……」というふうに流暢に流れていきますが、その中で1点だけ気になったところを挙げさせて頂く、というか、この記事のオチというものを最後に書いて筆を置こうとおもいます。


本書の中で、岡潔氏は「愛と信頼と向上する意志、だいたいその三つが人の中心になると思うのです」と語っています。

浪人生の僕の中心は「虚無と信用の無さと無限に堕落していく意志」からなっていて、ごめんなさいという感じです。


「人間の建設」はなんとも難しいけど、「ダメ人間の建設」は3秒で出来てしまうものですね!