浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

行動は信心を強かに語る

最近、言ってなかったんですけど、イスラム教のコーランについてなんとなく学んでいまして、そのコーランにはよく「イスラム教徒は妻に平等に接さなきゃいけないけどムハンマドはそうしなくても可」だったり「ムハンマドの妻は裏切ったら地獄で倍痛い目見るぞ」、「ムハンマドは部下の妻を寝とっても可」であったりなんじゃこのムハンマドに都合のいいような特別扱い!みたいなのが結構ありまして、こういうの誰が信じるんだ。神からの言葉じゃなくてムハンマドのいいように神のお告げを捏造してるだけじゃん。

と思ったわけですね。ムハンマドだって神からのお告げを聞いてこれを信者に伝えるというスタンスなわけですが、最近はこういうのを信じるのも何となくわかるなぁという気もします。

ムハンマドは神からの啓示を受けた後メッカで布教しようとしますが、周りは当時多神教だから当然迫害されるわけで、そうしてメディナに移動して、そこで勢力を拡大して再びメッカの多神教勢と戦うわけです。
これは大変な苦労だったでしょう、なんでそこまでして争ったのかというと、やはり本当に神の啓示を受けたのかもしれない!!と信じてしまうのもわかります。

他に似たような例として有名なのはパウロですが、パウロはイエスを処刑する時はキリスト教に敵対していたユダヤ教徒でした。にもかかわらず、このパウロこそが回心してキリスト教を広めることになるのです。(パウロが回心するシーンは、目からウロコという慣用句の語源で有名ですね)それも周りから相当の迫害を受けながら。それでもなんで熱心に異邦人伝導を続けていたのかというと、やはり天からイエスの声を聞いたのかも知れません。


黙って毎日自習室にこもっている受験生は本当に受かりたいんでしょう。口だけ言って家で寝ている僕とどちらが信用できるかというと、一目瞭然ですね。


ps.今回の記事は宗教をバカにする趣旨なんかではありません、爆撃しないで下さいお願いします。