浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

過去、そして今さえ支配する後知恵バイアス

最近友人と会話をしていた時に画期的なことを思いつきました。「過去ってないんじゃないか」と。これに気付いた時、僕は少しの感動すら覚えました。
時代を思い浮かべる時によく時間軸を想像して、1998年〜自分誕生〜とかが「ある」と思い浮かべていたんですけど、そんなものは「(実在するかという意味で)ない」んですね。僕らがよく想像しているミンコフスキー空間というのは、縦横高さの三次元空間に時間軸を足したもので、これと同様に認識の上では便宜上「ある」っちゃあるかもしれませんが、今この世に存在するかというとしません。(タイムスリップとかについてはあまり詳しくないので許してください。)

要するに、どこかに「ある」と思っていた過去、それはこの地球のどこにいって探し回ったとしてもそれはなかった!
録画したビデオや撮影した写真があるとします。そこに写っているのは過去ではないかという人がいるのかも知れませんが、存在しているフィルムやデータは昔と同じ像がうつっただけの「今のもの」じゃないですか?
じゃあ僕らが普段認識する過去というものはどこにあるんでしょう。即ちそれは個人個人の頭の中にしかありません。他人の頭の中なんてのぞきようがありませんから(今後出てくるかもしれませんけど)、結局は自分の脳に詰まっているものこそが過去なのです。

つまり、世界中どこをさがし回っても過去は実在しませんが、頭の中にはそれらしき概念はあるんです。
自分の経験や、そしてさっきのような「確からしい」と思われるビデオや写真、あるいは逆算的に憶測した世界(冷蔵庫のプリンが何者かに食べられていて、それを兄弟の仕業と考えたら、それは本人にとっての過去となるのでしょう)からそれらは作られます。

よって昔起きたことから基本的にその認識は作られますが、逆に言えば認識によって過去は変わってしまうのではないでしょうか?

例えば、旨いものを食べていても、食べ終わったあと友達に「マズかったよな」といわれたらなんとなくそんな気になって、マズいもの食べたなぁという過去が自分の脳内に残ってしまうみたいな。

そういうパターンにめちゃくちゃ関わってくるものに「後知恵バイアス」というものがあると思います。

後知恵バイアスとは、物事の結果が出た後に、あらかじめそれを予測していた、あるいは知っていたような気がする心理作用で、競馬でAが勝つ方に賭けていてでも結局Bが勝った時に「やっぱそうだったじゃん!」とか言い出す事があれば、まさにそういうことです。結果が裏目ったときに使いがちですよね。

その時思うんですよ、Aが勝つ方にあった過去というものはどこに行ったの?Aに期待していた当時の自分は存在していたような気がして、既に消えてしまってはいませんか?旨いなと思って食べていた食べ物に関しての感動はどこに消えてしまうんですか?

ここから思い浮かべたのは、たしかに今は未来に繋がるなにかしらの行動することが出来ているような気がして、逆に未来によって今というものは変えられうるんです!なんか運命論者に近い感じがしますね。

直線には長さがありますが、それを構成する点には長さはありません。不思議ですよね、これから来るべき時というのはまさに直線で、今とはまさに点なんじゃないでしょうか。
0.1秒おきに撮った運動選手の動き、それが今で、撮られた瞬間消えていく、それが無現に小さくなって次々に消えていっているのが今なのか?
詳しくはわかりませんが、将来の認識によって変えられるのが過去には限らず、今もまた変えられうるんじゃないかという気にさえなります。

10年後の自分が、「自分は十年前名探偵だった」と思い込んだ時、今の自分というものは、この世から消えてしまっているんでしょうか。
もっと言えば、自分が死んだ時、自分がこの世に存在したかどうか誰かが果たしてわかるんでしょうか。僕が存在したらしいというのは墓があったらわかることですが、本当に墓があるからって僕が存在したことになるんでしょうか。他人がそう思い込んでるだけじゃないんですか?
世界五分前仮説というのがあります。世界は五分前にコンピュータのシュミレーターみたいな感じに唐突に作られて、ありとあらゆる身の回りのものはそういう設定で存在するだけで、あらゆる過去の認識や自分の属性はそういう設定として作り上げられたものだとしたら、誰にもそれを「違う」と言い張ることは出来ません。

そして、今自分の中にある記憶というものも本当は嘘だらけかもしれません。僕は本当に大阪に生まれていたのか?家にいる人は本当に家族なのか?あのノートを書いたのは本当に自分なのか?
「恐らくそうっぽい」っていうのは周りの状況から分かるんですけど、結局真相なんて絶対わかりっこないんですよ、過去なんてこの世に存在しないんですから。目で見て分かるもんじゃないんですから。そして仮に見たとしても、自分が見たと思い込んだのは、将来の自分が見たと思い込んでるからかもしれなくないですか?今は点で長さが無いのだとしたら、見たというその時点はその瞬間で今とは言えなくなってしまうのだから。