浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

神社でのお願いごとの変遷 featサンタさん

この前、高尾山登ったときに、山道の中腹には薬王院という立派な神社があるので、ついでに参拝してきました。そのとき、特に何も考えずにお賽銭をいれて「あ、ヤベ、願い事考えてなかった」と思って、二礼二拍手して(作法にそこまで詳しくないので間違っていたらすいません)いる間に願い事を考えて、頭にわいてきた言葉が

「死ぬ間際に「この人生は良かったなぁ」と思えるような人生を送らせてください」

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でした。うーん抽象的。最近迷える子羊と化しているので具体的なお願い事が出来ないんですよ。「□□大学合格させてください」とかいうのだって、本当にそこを受けるのかどうか知りませんし、そもそも今人生自体がガチでどうでも飯田橋なのでめちゃくちゃ大学に行きたいなぁと思うこともないし、一生布団でゴロゴロしてたいとかいう願いの方が強いっちゃ強いのかもしれません。たださっきの願いは割と昔から思っていたことで、自論ですが、人間は思い出に生きる存在で、いくらか補正がかかったとはいえ老後に「いい人生だったなぁ」と思えればそれでいいんじゃないかなぁと思います。じゃあそう思えるように努力しろって?はい正論、耳タコ案件、最上川。(575意図)

 

小学校低学年のときはたしか谷保天満宮で「デルトラクエストという本を下さい」というお願いをした気がします。このぐらいの年代の男って願い事は結構物欲から来てますよね。(そういえばこの時はサンタさんに「デュエルマスターズのデッキが欲しい」とねだった気がします。そしてサンタさんから届いたのはなんと
「僕がピーラーで兄が包丁」
僕は喜んで芋を剥きましたし、兄も喜んでにんじんを切りましたが、今考えると親にいいように利用されていたのではないだろうかと思うと、面白い。)


中学受験のときは普通に神社で「中学校合格できますように」だったと思います。

サンタさんはというと、この頃から気が狂い始めたのかしりませんが「ケンタッキーの商品券」だった事があってしかも株主優待券で、流石にドン引きました。これをもらってサンタさん信じる人間なんかいないだろ…準備してなさすぎだしこれならいっそ渡さない方がいいのでは…と思いました。
この事を親に言いました。親は笑いました。来年からサンタさんは来ませんでした。


じゃあ大学受験のとき僕はなにをお願いしたのかというと「好きな女の子が合格できますように」で、いやお前自分のことを心配しろよという感じです。こういう人間が落ちるのか。
基本的にね、他人の幸せを願う人はまず自分の幸せを確固たるものにした上で一定の地盤がなければなりません。お金持ちが慈善事業(という名の脱税)をするのはいいんですけど、そこら辺の一般人が「世界平和ガー」とかなんとかいっても効力があるのかというとさほどありません。まぁしないよりはいいと思いますけどね。

さて、そういえば中学受験のときに「大学受験がどんなに厳しくてもいいのでとりあえず中学受からせて」という闇の願い事を悪魔と交わした覚えがあるので、まぁその分大学落ちても文句はないなと。

いやあるわクソ!!!!