浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

笑いと教養〜内輪ネタについて〜

「笑い」にもいろいろ種類があって、知識を共有していないと面白くないことがあります。

知識がいらない例としては、普通にドアに黒板消しを引っ掛けておいて、開けた瞬間落ちてきて教師の頭にドン!という罠は見ていて普通に面白い。単なるその現象について笑っているだけで、要するに、何も知らない小さい子供が見ても笑える笑いというものがこの「知識のいらない笑い」に当たります。

そして「知識のいる笑い」について触れます。例えば古文に出てくる和歌とかがこれにあたります。文中の和歌は古代の名句を引用する等の工夫をしていますが、読者がその引用した有名な句を知らない場合は面白おかしく鑑賞することは難しいのです。つまり、これは要するに、何も知らない子供が見たらわからない笑いというものです。


この二つは完全に分けられているものではありません。こんな感じに難しく考えなくとも、しょっちゅう身近に存在するものです。僕は五月祭にある友達と行ったのですが、その友達は中高でジャグリングをしていて、是非東大のジャグリングのショーも見たいということで一緒に見に行きました。

*1いわゆるジャグリングはお手玉とかそういうやつです

ジャグリングは目に見えて分かりやすく「凄い」ので、素人目にみても凄いんですよ。僕なんてお手玉は2個が限界なのに風が吹く中4個も5個も…だから素人目にも面白い。しかし、僕の友達には「ここはこういう所が難しい、テクニックがいる」という用に色々な技を詳しく知っているから更に深く鑑賞する事ができる。僕がさっきのいう前者の笑いで笑っているのに、彼は後者の笑いで笑っているのです。

僕はここで基本的に後者の笑いを素晴らしいものとして宣伝したいのですが、後者の笑いの中でも極めて扱いが難しいものがあります。それが「内輪ネタ」です。

AさんとBさんは甲高校に通っていてCさんは乙高校に通っています。今3人が会話をしているのですが、Aさんは甲高校のある教師の悪口を言って、そしてBさんは大笑い。Cさんはキョトンとしています。
これはAさんとBさんは甲高校の知識を共有しているので、彼らにとっては面白いのですが、Cさんにはその知識がありません。

僕は今ここで内輪ネタを悪く言うつもりはありません。AさんとBさんが普通に2人で話す分には内輪ネタほど面白いものはありません。ただ、ただ気をつけて欲しいのが、その内輪ネタを知識を共有しない人に対して披露するといろいろマズいよねという話です。

最後にその例まで言って終わりにしましょう。母校の人では「575を指摘する」というのが流行っていて、誰かが喋っている中で575を見つけると、したり顔で復唱して575を指摘したり、そこに下の句を付けたりします。
が、これを東大に入学してそこですぐ知り合いになった人に「あ、それ575だね(ドヤァ)」としても、大学デビューに失敗するのです。

*1: