浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

退路希望調査票

ある高校の友達(2人)と月1で密会しているのですが、まさに昨日がその日でして、なんとなく僕の進路の話をしました。片方は中二ぐらいまで医学部志望で文系になったマン、もう片方も元は医学部志望で高3で文転したマンで、現在は二人とも東大文科一類に行っています。

彼らは高校在学中に決断しましたが、僕は浪人してもまだ東大に行ってそれから文転するか、医学部か迷っています。何がしたいんだろう。研究職はやりたくないので別に理系であるわけでもなく、受験には僕は文系科目より理系科目の方が向いてそうだなぁと思ったことと、理→文は楽なのに文→理が難しいこと、そして医学部は理系受験であることから「とりあえず」「なんちゃって」理系で生きてきました。
研究職が苦手な理由はというと、高校在学中に俗に言う絶対勝てないなぁという人を目の当たりにして自分がやっていけるのか怪しいなぁと思ったことが根底にあるのかもしれません。

なんだかんだ東大受けると言われていた僕が、じゃあなんで今年は即決で国立医学部受けたのかというと、これは本当に子供らしい理由で、好きな女の子が受けるらしかったからです。結果僕だけ落ちるという本当に面白い結末で、後知恵バイアスのかかった現在からみると全てがフラグだったようにも思えます。

そうして落ちてから自分の進路を考えると、どうやら五里霧中でした。高3の時にこういう安直な理由で、いや、自分の中では本気の本気で全く安直ではなかったのですが、まぁそういう理由で決めていたせいで考えるのを放棄していました。
根本的に進路以前に、フラれた時点でそれまで盲目的に信じていた生きる意味が欠落して、人生どうでも飯田橋になったので駅を出てすぐの皇居外堀に身を投げて自殺しようと思いましたが、あそこは死ぬには汚すぎる。そして恐らくあそこに飛び込んでも死ねない。そうして決心がつかないまま、皇居外堀繋がりで、飯田橋の次の駅の市ヶ谷で死んだように生きているのが現状です。

自分はどこから来て、どこへ向かうのか。大阪で生まれて、皇居外堀で死ぬのか。獄中死は避けねばならない。
皆さんは僕を見てご存知の通り、あらゆる地位や名誉に僕がほとんど関心を示していないことはお分かりでしょう。テキトーに生きてきたら今現在の位置にいたのです。そんな僕がこれから何をするのか。今の暮らしはただの延命措置なのでしょうか。喜ぶ親の顔が見たいのでしょうか。まぁ悲しむ顔よりは見たいんですけれども。

進路に迷っているのは僕だけではなくて、大学に入った高校同期も悩んでいるようです。そういう姿を見てますます不安になります。なぜ将来への「期待」をそこまで持っていないのに「不安」になるのか、誰か教えてください。東大に入った別の友人はいいました「浪人生は東大に入って絶望して自殺するために勉強頑張るんだよ」と。

自分は何のために生きているのか。生きることは無価値なのではないのか。こんなことは何十年も前から言われていることです。例えば太平洋戦争みたいなのがあって、自分はその特攻隊のパイロット出会ったならば、そういう大きな物語の下で自分の生の意味が決定されますが、現在社会にはそんなものはありません。自分で見つけてください。こういった無意味な人生の中でそれを受け止めてなお自分の確立した意思行動する「超人」になろうというのが有名なニーチェの思想です。

いや無理だろバーーーーカ!
高3の僕はその意味を他人との実存的な交わりだと見出しましたが、それがなんと危ないことなのかは先日の「五月祭と五月病」という記事に書きました。

実際これからどこで何をしても食いっぱぐれるというような事はないと思いますし、自分がこういうことで悩むのも贅沢かもしれませんが、去年と今年の唯一の違いがあるとすれば自信と自己肯定力です。去年はあり過ぎて、今年はなさ過ぎる。僕には中庸という二文字はなかなかなくて、背中を押してくれる自己肯定力はどこへ忘れてきてしまったのでしょう。

 

進路希望調査票、ああなんて難しいものなんだ!退路希望調査票があれば喜んで「中学時代」と書いて出すのに!
断たないでくれ絶たないでくれ、そして経たないでくれ、時間よ。大富豪でジャックを出して「イレブンバック」を起こすのと同じぐらい簡単にはならないものか。ならない。ああ、そうですか。

さて、そんなこんなでこの「密会」でも話はまとまりませんでした。ただ、火を見るより明らかで、どの道に進むにしても絶対に役立つ一つの明白なことは、誰が口にするまでもなく通じあっていて、最終的にそれの話をして終わりました。

「お前は英語やれ」