浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

頑張り所が謎な人達

頑張っていることはわかるんですが、頑張る方向が理解できない物って考えるとよくありますよね。

1番許せないのは、ペットボトルです。何が「持ちやすくなった」ですか、たしかに持ちやすくなったのかもしれませんが量が410mlとかになっている商品とかは意味がわからない。頑張る方向違うやろと言いたくなります、普通に量減らされて、消費者としては悲しい商品改良です。そんなことにコストかけるぐらいなら普通のやつでいいから量をそのままにしてくれ。まぁ普通に量減らしてたくさん買わせようという企業の戦略であるだろうから、受け入れなきゃいけないなぁと思いつつ、日々なかなか納得出来ないなぁと感じています。思えば数年前と比べて、いろんな商品が値上がりしていますが、別にそれは徐々にインフレしてるだけだと考えるとそこまで批判することでもない(実態を伴うかはしらない)んですけど、こっそりポテチの量が減らされるとか、うまい棒のサイズが小さくなるだとか、そういうのはあんま誠実じゃないなぁと思います。優等生は悪いことをするときこっそりそれを行います、消費税増税に便乗して自販機の値段を過度に上げるとか、ああズルイズルイ。

あとは例えば、雨が降っても意地でも傘を刺さない小学生。これは僕も昔はそうだったのでーーー或いは今もかもしれないーーーちょっとわかります。お前その手に傘持ってるだろ早くさせよといいたくなりますが、それは違うんです。「これぐらいの雨で傘をさしたらなんだか負けな気がする」、これが彼らの行動原理そのものだと僕は解釈しています。なんて健気な反抗心、いや傘させよ。

結局の所ですね、「頑張る方向がよくわからない」という物事があるのは当たり前なのです。僕が東の方を向いているとすれば、ペットボトルの件の頑張りは西の方を向いているから当然理解できない。でも傘の件は北北東当たりの方を向いているから、少しは理解できる。頭ごなしに批判するのは間違っていて、こういう場合って、自分が東を向いていることがそもそも悪いのかもしれません。もしかして自分の考えがわるかったのか、自分はひょっとしたら、北北西あたりを向くべきではないのか。

それとも、スポーツ選手はすごいし、数学者もすごい、俳優もすごい。でもこれらはもはや平面ではすまされず、n次の線形独立なベクトルでそれぞれすごい!ただ単に頑張りの絶対値で人を評価するべきなのかもしれませんね!

その点僕は努力がnullなので評価しやすいですよ〜

いや、ここは頑張らねば。何を頑張るのか?知らないよ

デカルトの第2の格率において、森に迷った人のとるべき行動の例えが用いられています。森で迷ったら、とりあえず行く方向を決めて、突き進むこと。そしてその方向を決めたら、正当な理由なしに行く方向を変えないということ。なぜなら突き進めばどこかしらにはたどり着くはずだし、そこはきっとその場に留まっている状況よりも良い状況が待っているであろうから。

でも僕はそんなことより『焼肉のタレ』を持って、その場に留まる方がいいんじゃないかなぁと思います。時代は違うし、備えあれば憂いなし。

みなさんはどっち派ですか?

 

あ!備えもなければ憂いもあった!罠だ。