浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

犬を飼いたい

大きな犬を飼いたい、別にそこまで大きくなくてもいいんだけど。優しい犬を飼いたい、たまにそっけなくてもいいんだけど。甘えてくる犬を飼いたい、たまにかみついてくるぐらいでもいいんだけど。

犬はかわいい、犬はくさい、でもかわいい。どれくらいかわいいかというと、無限。犬という漢字、これは象形文字らしいです(諸説あり)。臭という漢字は犬から派生したらしいです。ええーっていうね。まぁたしかにくさい

犬はかわいい!
犬はかわいい?

僕の筆箱は犬のぬいぐるみです。かわいい。高二の三学期に東急ハンズで一目惚れして飼いました。とてもかわいいです。ああ、かわいい。この前机にジュースをこぼして君で拭いてしまった。ごめんね、洗濯してあげたから許してくれよ。名前は「伊藤」です。人間らしい名前かと思う人もいるかもしれませんが、僕は犬であっても、ただの筆箱であっても、それほどまでに大切に扱っているのです。

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犬のことを話していると、とても語彙力が下がります。ひと言で犬の素晴らしさをいうと、「ワン🐶」。

犬はとってもかわいいんだワン🐶

話をぶった切るようでなんですけど、僕の家にはポメラニアンが2匹いまして、結構前に死にました(急に重い話)。
1匹はオプティという名前でオス。母親が20過ぎたぐらいのとき、友達の家でたくさん犬が産まれすぎたからもらってやってくれとのことでもらってきました。もう1匹はピカちゃんという名前でメス。買ってきました。
僕が生まれたのは両親が30歳のころなので、そのころには彼らは8歳とかなんですかね。詳しくはしらないですけど。そのころ母親は父親と結婚して実家を出ているので、彼らは母方の両親、つまり僕の祖父祖母の元にそのままあずけられていました。
その頃は全員大阪に住んでいたので、たまに会いに行っては何度も何度も「お手」「おすわり」をしました。なんてかわいいんだ。犬の10数歳って人間でいう何歳なんでしたっけ、もうおじいさんなんでしたっけ。いや小型犬だとまだまだなのかな。
その後僕の一家が東京に引っ越して、しばらくは会えなくなりました。長期休暇はまぁ結構帰省してましたが。
母方のおばあちゃんに引き続き、そのうちにオスの方のオプティが死んでしまいました。悲しい。
しばらくしていろいろゴタゴタがあって、うんまぁ話が長くなるし本質とは関係ないのでとばしますが、メスの方のピカちゃんも死んでしまいました。オスの方が享年16歳、メスの方が18歳だったような気がします。ああ、こんなクソガキの僕も、彼らの年齢を抜かしてしまったのか、成長したなぁという気分よりは、なんというかごめんなさいと謝りたくなるような。

僕は彼らが死んだ姿も、その骨も見たことはありません。これは今思うと幼子に動物の死んだ姿を見せないようにという両親らの計らいだったのではないかと思います。彼らは僕の家の墓、、ではありませんが、母方の実家の方の墓に埋葬されているらしいです。ということで一緒のお墓に入るようなことも無いでしょうが、お参りはできます。南無。

せっかくなので僕の他の殺生を記録しておきたいと思います。懺悔です。

小学1年生のころ、まぁ幼稚園時代ムシキングが流行っていたこともあって、昆虫がまだまだ大好きでした。月々のお小遣いは「年齢×100円 +税」だったのですが(この+税という風習がなんか僕の家らしいですけど)、ヘラクレスオオカブトの幼虫の値段は3000円ちょいしました。僕はお小遣いの前借りをして買いました。

昆虫の幼虫なんて腐葉土にぶち込んでおけば勝手に育つもんなんですけど、長期旅行することになった際、霧吹きで水をかけ過ぎて(水をやるぐらいしとかないと流石に幼虫も死ぬ)、旅行から帰ってきたら土で固まって死んでました。なんと、、悲しい。

その後、アトラス等も飼っていましたし、普通にかぶとむし(命名はともキング)も飼っていましたが、彼らは昆虫ゼリーのやり忘れで餓死させてしまいました。ごめんなさい、ごめんなさい。自分のせいで殺してしまったようなものなのに自分は大泣きしました。他にも金魚とかも飼っていて、当時の日記には「天国に〜」とか書いていますが、本当に小学生って図々しい。
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ここで本題に戻ります、僕は犬を飼いたいといいました。しかしなんというか飼ってはいけない気がします。

自分が犬をただ単に愛玩する対象として飼い、つまり犬に「絶対に自分を裏切らない愛の従属」としてその価値を見出すのならば、それは本当に申し訳ない。犬を僕が飼ったとして、犬が僕になつくのは、僕以外に頼りに出来る存在がいないからです。それなのに日中は家においておいて、夜に帰ってきて戯れるだけ戯れる、本当にごめんなさい。犬には僕以外の選択肢を与えなければいけない。
例えば無人島に男女が2人漂着して、その2人が結ばれたとしても、「その人しかいなかったから」という消極的選択感は拭えません。たしかにその2人の愛情が確かなものであっても、僕はあまりいい事ではないと思います。
僕はその犬をexcludeした社会にも存在していて、いろいろな関係をもっているのに、その犬は僕しかいないなんて、不平等です。

そういう考えで結んだ関係なんて言わば「愛の奴隷契約」であって、そういうことを考え始めると犬を飼うことなんてすべて人間のエゴとさえ思えてきます。

でも、普通に考えてそんなことがエゴであるのは当たり前で、不平等なのも当たり前です。犬と人間では立場が違って当然です。

こういうことを考えてると、なんだかめんどくさくなって、疲れて、そうして最終的に動物のかわいい動画サイトを眺めるのです。

あーーーかわいい癒された。明日も頑張ろう!