浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

可愛い女の子は可愛い

この世界には魔王もいなければ倒すべきモンスターも、救うべき姫様もいません。生きる目的がないから、何をすればいいのかわからない。
生きる意義さえわからないんだから、朝起きる意義もわからない。だからいくらでも寝させてくれ。起きて勉強して立身出世しても意味がない。

……とは世の中はいかないわけです。

世の中には信頼できないことだらけで、何を信じればいいのか?

デカルトは第1にこの世を貫く永久普遍の真理として「我思う、ゆえに我あり」を据えましたが、僕はこれでさえ怪しいと思います。まずそもそも「我」って何?わかんなくないですか?僕らも「この世界を生きている」と思い込んでいるだけで、研究室で電極をぶっさされたナニカかもしれないし、結局僕らが「我」と思うものが存在するのかというと、確かめようがない。

じゃあ何を信じればいいか、そこで、今日思いついたことをいうと「目的」を忘れましょう。

『AだからB。』のではなく『BだからB。』は絶対に正しいのです

トートロジーの世界へようこそ!!

可愛い女の子はかわいい!

当たり前です。可愛い女の子が可愛いのは。落馬するのは決まって馬です。当たり前です。頭痛がするなら痛いのは頭です。

僕らみたいな未熟者は「目的」をつまりAを追い求めてはいけません。結局なにをすればいいのかわからなくなります。何をしようとしても「目的」に阻まれて、結局自殺以外の全ての「道」は塞がれてしまいます。

「うちは親が農家だから、僕は農業で生計を立てる」

例えばこういうものは疑いようしかありません。たとえ中世で「親の職業は代々継がなければならない」みたいなルールがあったって、この文が論理的に正しいのかというと、そうとは言えない。なぜならその中世のルール自体が疑い深いものなのですから。
その点こうならばどうでしょう。

「僕は農業で生計を立てているから、僕は農業で生計を立てる」

なんてナイスなトートロジー!疑いようがありません。(いやまぁ、この命題自体はどうやっても真だけど、正直そもそも前のBが偽だったら後ろのBも偽になります)
自由というのは本当に選択肢が多すぎて困る、こんなことなら中世みたいに、一生靴磨きの人生を定められていた方が、やることが決まっていた方が幸せなのではないか、隣の芝生は青いなぁ。

え、じゃあ「僕は一限登校して勉強するから、僕は一限登校して勉強する」を実行しろって?

ん?嫌だよ!