浪人失格

恥の多い生涯を送ってきました。徒然なるままに日々の考えを記録していきたいと思います。

五月祭と五月病祭

ブログの最初にこの話というのも何ですが、五月祭の話でもしますか。

五月祭とは東京大学本郷キャンパスで行われる学園祭です。
筆者(自分の一人称を筆者と書くのは気が引けるので、これからは「僕」と名乗ります)は本当に乞食力が高いので、あらかじめ5000円分ぐらいの前売り券を高校の友人からせしめていたためタダ飯を食べることが出来ました。美味しかったです!そして完売の店の返金で1050円の現金が貰えるという神イベント。これもう毎日やってくれないかなぁ。

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しかし、面倒な事もあって高校同期のクラスメイトの東大生が「え!?○○の友達なの?何組?」と聞いてくることもありました。死んでくれ、僕は駿台生だ、筑駒卒なら誰でも彼でも東大生だとは思うなよという気持ちは胸の底に押し込んで、気まずい雰囲気になるのも申し訳ないから「理Ⅰ8組イタリア語です!」と大ウソをつきました。まったく、周りの人が勤勉なことによって自分が不利益を被るのははた迷惑な話です。
他に面倒な話と言えば、キャンパスを歩くと犬も歩けば石を投げつけられるレベルで知り合いに遭遇します。それは本当に嬉しいんですけど、だいたい少し話して話すことがなくなると「勉強しろ」と言ってくるガイジ同級生がいます。
世の中には「それ飽きてゲロ吐くぐらい言われてるから!お前が面白いと思っても俺は聞き飽きてるから!」という事がいくつもあります。例えば平均的御手洗さんは生涯のうち1万回は「トイレwwwガハハwww」と煽られるでしょう。だからなんだという話なんですよね。アドをディスアドに、ディスアドをアドに。最近は「勉強しろ」と言われて耳にタコを作ることでタコを量産しています。もはや全日本のタコの水揚げ量のうち1%近くのシェアを誇っているのではないでしょうか。(ちなみにタコの水揚げ量1位は北海道 18,700 t)五月祭でタコ焼きを食べた人も多いかと思いますが、そのタコは本当に蛸なのでしょうか?

東大の五月祭と共に、五月には駿台でも五月病祭というものがあります。

僕が初めて自殺を考えたのは、深夜に父親のパソコンでワンクリック詐欺にひっかかったときです。デスクトップ画面から請求ウィンドウが消えなくて絶望して、パソコンを破壊するか迷って頭をガンガンぶつけて、結局死ぬ気になれずに親に泣きながら謝りにいきました。『なにもしてなかったのに画面からいやらしいのが消えなくなった』僕はそう言いましたが、誰がどう考えてもそんなことは嘘なのです。あらー!!!!

最近現役浪人に関わらず友達がひたすら鬱だ死のうみたいなことを言っている風潮があるんですけど、誰か忘れましたが「現代の『自殺したい』は昔の『出家したい』みたいなもんなんだよ」と言っていたのが、まさしくそんなもんだと思いました。僕は生きるために自殺したいと言うのです。自殺したいと言うことは現代社会において生の証明なのではないでしょうか。

この前言った気もしますが今自分を自殺から食い止めるものは、友人でも家族でも恋人でもなく、煩悩に塗れたHDDなのです。全ての電化製品を破壊して、山に埋める迄は安心して死ぬことは出来ないのです。こういう風な事を考えて、改めて見せきれない恥があることを自覚して、遠回りしながら生をかみしめるのです。

こう言うとちょっと深そうに見えますが、知り合いの評価といえば「深そうなこと言っているように見えてメチャクチャ浅い」、なるほど、たしかに。

みなさん。生きる目的を見つけましょう!そして、それは恐らく必ず失わないものにしましょう。僕の最近の生きる目的はワンピースです、落ち目と言われていますが流石に近頃は面白すぎます、完結するまではとりあえず自分の命の担保はされました。生きる目的として一番定めてはいけないものは、「特定の人間への思い入れ」です。ここからはその証明をして、今回の記事を終わりたいと思います。なんでこんな話をするのかと言うと、男子校という言わばチョロい芋男牧場にいた高校同期が、大学に入って女子をみて、まるでカモが卵からかえった時に初めて見たものを親だとおもいこむ刷り込み(imprinting)と同様にすぐにガチ恋をしてしまうことがそれはそれは多いから、その警告に他なりません。

出来るなら攻略しよう女の子。いやね、先日まぁ飽きもせずネットの海をサーフィンしてたら、先輩から「フラれましたです! 【攻略できたらイケメン確定】正しい選択をして女子大生を彼女にできる? buzzfeed.com/yuyayoshida/lo… @yoshidaxkunより」みたいなのがたれ流されてるのを見て(助詞の扱いって女子より難しくない?)、まぁ四択のクイズを10問答えて女の子と付き合えるかみたいなブラウザのクソゲーだったんですけど、ほんとに悪質なんですよ。最初に真面目にやったら僕も「フラレましたです!」になって、今度は全部一番ダメそうな選択肢を選び続けると「付き合えましたです!」になって流石にブチギレました。
例えば初めての女の子とのデート行き先「フレンチ」「すき家」「おしゃれな居酒屋」「サムギョプサル」、正解はどうやら「すき家」……?????
うーん、フレンチとかは重いというのは分かるけどすき家はどうなんだろう。長続きはしそうな仲っぽいですけどね。
そして最後のクエスチョン、告白の言葉を選びます「ずっと好きでした、ぼくと付き合ってください」「I'm lovin'you. It's true.」「その優しい眼差しが好きだ、付き合ってもらえませんか?」「あのさ、俺と付き合ってくんない?」
うーんなるほどなぁ、なんと正解は2番目っぽいです。流石にえぇ……と思わざるを得ませんでした。と、一笑するのは簡単なんですが、自分はこの5倍ぐらい頭のおかしい口説き文句を送り続けた前科があるので、笑えない。

サルトルは、現代を生きる人々に「自由の刑」が課せられてると批判しました。人生に選択肢があり過ぎて、何をすればいいのかわからないのに、行動には責任が伴うのです。ここで僕が何を言いたいのかというと、我々はいわば「表現の自由の刑」を課せられているのです。何を言おうか言わまいか、どう伝えるか伝えまいか。日々考えながら生きています。(実際には何も考えずに喋ってるというと、それはそう。)この自由は外在的制約をうけませんが、ガイザイ的制約ならばどうでしょう。ワンちゃんはありそう。発言がガイザイすぎると周りからstopがかかるもんなんですね。
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ここである発達障害児の話をします。まぁ僕のことなんですけど。

バラバラにみえてどこか繋がっていることはあります。富士五湖は別々にみえて、地底で繋がっているので水面の高さは等しいのです。

そうして女性に対してマサイ族であった彼は、かつてそれらを冷めた目でみていましたが、ついぞ盲目になり、そして盲目になれたことを楽しみ、この状態がさらに続けばいいと思っていました。
「自分と誰かは、富士五湖のように、別々に見えて繋がっている」と彼はそう信じてやみませんでしたが、そこには最大の罠があって、富士五湖のうち繋がってるのは3つだけで残りの2つは別なのです!!!!
そうしてガチ恋という名のアイマスクをとりあげられて目を見開いて周りをみわたすと、どうやら太平洋沖合いにいました。(でも実は不忍池説もある)急に冷静になって自分の体をみまわしてみると、ボコボコ穴があいていました、including こころ。なかなかやるな殺人魚ダツめ。(ダツは夜中になるとピョンピョン跳ねる細長く尖った魚で、光をあてると時速60キロで突進してつきささってきて抉るように肉を食いちぎってきます、あーこわい。)彼はそう思いました。

「もしもし、朝起きたら太平洋の沖なので、本日の授業は五限登校で、はい、校内番号□□の○○と申します。はいそうです、はい、よろしくお願いします、失礼します。」ガチャ

彼は最後にこう言い残しました。まぁ寝たらどこかに漂流するだろう。日光はこんなに照っているんだから、必死に船を漕ぐのも馬鹿らしい。
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去年の僕は「進路なんてどれが正解なんかわからない、でも人との付き合いは一生モノだから、そちらに合わせるのが当然よろしい」と思い込んでいましたが、一生モノの付き合いだと思い込んでいるのはガイジの思考であって、ノーマライゼーション現代社会では当然流行りません。

特定の人への親交も、親交が進行すると文字が変わって信仰になり、信仰もそれが過ぎれば宗教になります。そしてその多くの場合では最終的に棄教せざるを得ないケースがほとんどです。その際に自分を自分たらしめるアイデンティティに他人をくみこんでいると心に穴があいてしまうので注意しましょうね!